久米ゼミ 第17期生卒業論文

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『地方政府は、「横並び」を意識して、政策を決めているのか―地方政府の歳出決定の規定要因を明らかにする実証分析―』
  • 本稿では、日本における地方政府が約30年間で受けた変化から現状を概観し、その現状から生まれるリサーチクエスチョンに基づいて分析した結果を述べる。そして、今後の地方政府が目指すべき姿を考える。
  • 地方分権改革が本格的に始動した1990年代から約 30年が経過した。この改革では、中央政府と地方政府の関係が変化し、地方政府が自律的に政策決定するように求められてきた。そのような変化を受けてきた地方政府だが、少子高齢化による人口減少という変化もこの 30年間で生まれた。この変化は、それまでの「人口が増加する」という前提を転 換させるものであり、地方政府にとっては大きな課題となった。このような2つの変化が起きている中で、地方政府が戦略的に政策決定を行っているのかという問題意識から、地方政府はどのように歳出を決定して いるのかを明らかにした。
  • これまでの研究によって明らかにされた日本の地方政府レベルにて財政競争が発生しているという点を踏まえ、地方政府が他地域への政策水準を参照しながら、政策を決定させると考えた。さらに、他地域を 2つに分け、仮説をそれぞれに立てた。1つ目は、「近隣地域の政策水準を参照し、その地域と同じ方向に歳出を変化さ せる」というものである。2つ目は、「類似地域の政策水準を参照し、その地域と同じ方向に歳出を変化させる」というものである。これらの仮説を、各都道府県の児童福祉費と商工費に絞って検証した。
  • 分析の結果、地方政府が一貫して他地域の政策水準に対する参照行動を行っているわけではないことが分かった。例えば、商工費に関しては近隣地域の歳出増加による自地域の企業流出を防ぐために、同じように自地域においても歳出を増加させている。一方で、児童福祉費に関しては近隣地域への参照行動は確認できなかった。また、類似地域への政策水準を参照し、他地域とは違う方向に歳出を変化させるという結果が2つの歳出項目の分析から得られた。
  • このようなことから、地方政府が横並びを意識して、常に模倣するように歳出を決めているわけではないこ とが明らかになった。これは地方分権化が目指してきた地方政府の自律性の増大による地域住民への自主的な政策が実施されている可能性が高い。
  • 以上の議論から、地方政府は独自の実験的な政策の実行を試みるべきであると考える。ある地方政府が、新たな政策を実行することで、その政策の効果検証を他地域が行い、政策の改善につながる可能性が高いからだ。これは、日本における政策形成能力を総合的に高めることにもつながると考える。それぞれの地方政府が、実験的に政策を試みていくことが、これまでの約 30年間で起きた「人口減少」という大きな課 題に対応していくことができると考える。
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『文化資本は大学院進学に影響を及ぼすのか―専攻分野による差を中心とした計量分析―』
  • 近年の日本の大学院進学率は低迷しており、研究科によっては定員充足率が半分に満たないといった状況にある。この状況が中長期的に続けば研究力の低下につながり、それによる技術力の衰退や専門性を持つ人材の不足、ひいては国際競争力の低下を招きかねない。この重要な課題への対応として、まずは大学院進学者の傾向について把握することは必須である。本稿では、主に大学院進学者の文化的背景に着目し、計量分析によるアプローチで背景を明らかにすることを試みた。教育目標の達成と文化的背景の関連性は先行研究により指摘されており、読書習慣や美術館・博物館への訪問といった文化的活動が文化資本として相続・蓄積され学校での成績、進学などの教育目標の達成に効果を及ぼしていることが分かっている。そこで本稿では、大学院進学者の文化的背景を明らかにすることを目的として、大学院進学と文化資本について専攻分野の違いにも着目しながら社会調査の個票データを用いた分析を行った。分析対象は大学へ進学した対象に限定し、大学院への進学に読書に関する文化資本(読書資本)と芸術に関する文化資本(芸術資本)の異なる二種類の文化資本が父親の学歴、母親の学歴、学校外教育を受けた経験の有無を統制したうえでそれぞれ影響するかどうかを検証した。また理系・文系の専攻分野により効果に違いが生じるかをそれぞれロジスティック回帰モデルを用いて分析した。
  • 分析の結果から以下の4点が明らかになった。第一に、読書資本は大学院進学に影響している。第二に、芸術資本は大学院進学に影響していない。第三に、文系・理系による専攻分野の違いは読書資本の効果に影響を及ぼさない。最後に、母親の学歴は大学院進学に有意に影響することが付随的に分かった。分析結果の追加検証として変数を同じくした最小二乗法による線形確率モデルとロジスティック回帰モデルとの比較を行ったところ、読書資本の効果と、母親の学歴の影響の有意性が補強される形となった。
  • これらの結果から、読書資本は専攻分野に関わらず大学院進学へ影響しており、大学院進学者の背景の一つであることが示唆された。また、芸術資本は専攻分野に関わらず大学院進学に影響しないことが示唆された。本稿での分析からは専攻分野による効果の違いは観察されなかったが、文系・理系の単純な二区分より詳細な分類を行った上での検証の余地がある。そして母親の学歴が大学院進学に影響を与えることが分かったが、本稿の分析から得られた知見には限界があるため、これに関してはさらなる研究が必要である。
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『新幹線は地方に恩恵をもたらすか―九州新幹線全線開通での経済効果分析―』
  • 本稿では、新幹線の建設を推進する政治主体が望むような効果が、実際に新幹線開通後にもたらされているかについて、九州新幹線の事例に着目して実証的に分析した。
  • 国鉄民営化以降に開通した新幹線は、すべて需要の逼迫した路線の拡張として建設されるのではなく、地方部から大都市への所要時間短縮を目的に建設されている。これは、国土全体の均衡発展を目的とする“全国新幹線鉄道整備法”に基づいて建設されたためである。現在も全国の地方部で、新幹線の早期建設を求めて地元選出の国政政治家、地方自治体、地元の民間経済団体が期成会を設立して陳情活動を繰り返している。
  • しかし実際には、すでに開通した地域では彼らの思うようにはなっていない。
  • インフラがすでに開通した地域においては、与党得票率はそうでない地域と比べて低下している。すでに開通したインフラは公共財であり、開通後も与党支持を集めることができないためと考えられる。
  • 開通後は、地方自治体にとって重要な税収や地価も減少している。新幹線のような高速インフラが地方部と都市部を接続すると、規模の経済性によって、より経済活動が集積している都市部に地方部の経済活動が流出してしまう“ストロー効果”が懸念されてきた。この効果は多くの先行研究で実証的に示されており、特に小売業を中心に地方部の競争力が低い産業は、新インフラの開通によって衰退が加速することが明らかになっている。産業が流出すれば、当然地価や税収も減少する。農業や製造業など、地方部が競争力を持つ産業もあるが、新幹線は旅客専用であるため期待できない。
  • そこで本稿では、旅客専用でも機能し、都市部に対して高い競争力を持つ観光業に着目して、少なくとも観光業においては新幹線が地域経済に正の影響を及ぼすと考え、「新幹線が開通した地域においては観光業が伸長する」という仮説を立て検証した。検証に当たっては、近藤(2020)の先行研究で地価や税収の減少が示されている九州新幹線の事例に着目して、新幹線の開業した熊本と、九州の中枢都市である福岡との距離が近しい長崎、大分の観光客数を差分の差分法(DID)を用いて分析した。
  • 分析の結果、開業直後の短期間においては他県と比べ有意に観光客数が増加したものの、期間を長期に広げると、新幹線は観光客数を増加させる効果がないことが明らかになった
  • 以上の結果は“ストロー効果”の影響をさらに強く指摘するものとなった。新幹線の建設は、その根拠法が企図する地方の均衡発展ではなく、あらゆる側面で衰退を加速させることを示唆している。新幹線に限らず、地方創生の名目で多くの国税が費やされている。住んでいる場所を離れたくない、旅行先が廃れるのは寂しいなどの感情的な議論にとどまらず、現実的に現在の日本が地方部を支えられるのかを議論したうえで地方と都市の関係性を再定義する必要があるだろう。
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『社会関心が高い子どもはどのような家庭で育つのか−父母の学歴と会話が子どもの社会関心に及ぼす影響の実証分析−』
  • 「親ガチャ」という言葉の流行が示すように、生まれ育った家庭の社会経済的地位による格差が社会課題として意識されている。親の学歴は子どもの教育達成度や収入に有意に影響を与えることがこれまでの研究で明らかになってきたが、政治に対する関心や関与も例外ではない。家庭における子どもの政治的社会化のプロセスとしては、親との政治的会話と親の学歴の影響が強いとされてきたが、学歴に関する具体的なメカニズムは不明瞭であり、会話の効果が高まる条件についても明らかにされていない。さらに子どもの政治の関心についても政治というものに限定するのではなく、社会という自分の外にある広い範囲への関心への検証が必要とされる。
  • そこで本稿ではまず、「親の学歴は、親子間でのニュース会話量を媒介として子どもの社会関心に寄与する」という仮説を立て、独立変数に父や母の学歴、媒介変数に親子間でのニュース会話量、従属変数に子どもの社会関心の度合いを設定し、他の影響をコントロールした上で順序ロジット推定による分析を行った。この結果、母親の学歴の子どもの社会関心に対する影響は、母子間でのニュースに関する会話量によって媒介されていることが示され、母親に関して仮説が支持された。また、父親の学歴に関しては、会話量以外の統制変数を投入した段階で統計的に有意な相関が消失したものの、父子のニュース会話量は子どもの社会関心と高い関係を示した。このことからニュース会話量が親の学歴の子どもの社会関心に対しての影響を媒介することが母親については言えた。さらに親の学歴の他、それによって充実する教育環境や学力よりも会話量の影響力が強いことが確認された。
  • その後、ニュース会話量の効果を高める条件について、「ニュースに関する会話が子どもの社会関心の喚起に与える効果は、女子より男子の方が、また中学生より高校生の方が、それぞれ高い。」という仮説のもと、交差項を用いた重回帰分析を行った。しかし、性別、学校段階はともに、それ自体としても、またニュース会話量の効果を増大させる条件としても、子どもの社会関心に対して影響を持つという結果は得られなかった。
  • 一連の分析結果で得られた結論は、父母のいずれのケースにおいても、ニュース会話量と子どもの社会関心との結びつきは強く、母親に関してはこれが学歴の影響を媒介している、ということである。従来、学歴が子どもの社会関心の規定要因とされていたが、ニュース会話量が親の学歴の影響を媒介するという本研究の結果は、親の社会経済位的地位による格差の論議に一石を投じる知見である。しかし、回答者の主観に頼らない調査や独立変数の時間的先行の確保、複数か年にまたがる調査など、今回の分析は不十分な点が残されている。また、家庭内の政治的社会化のメカニズムに関しても、親学歴に対するニュース会話量以外の媒介変数や家庭の経済力の影響など、多角的な視点に基づく検討と検証が欠かせない。
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